大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)452号 判決

上告人

岡田定美

右訴訟代理人

阿部幸作

被上告人

林一良

右訴訟代理人

藤井哲三

中本和洋

青木永光

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿部幸作の上告理由について

不動産の売買の遡及的合意解除の場合においても、法定解除の場合と同様、第三者の権利を害することができないが、右第三者についても民法一七七条の適用があるから、右不動産の所有権の取得について対抗要件としての登記を経由していない者は、たとえ仮登記を経由したとしても、右第三者として保護されないものと解するのが相当である(昭和三一年(オ)第三二号同三三年六月一四日第一小法廷判決・民集一二巻九号一四四九頁参照)。それ故、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人が本件売買契約の合意解除について権利を害されない第三者にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法なない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人阿部幸作の上告理由

第一点 原判決は法律の解釈を誤り、間違つた判断を下したる違法がある。

(一) 即ち本件は、上告人としては、第一審判決添付第三目録13、18の土地を昭和四〇年七月一日原審原告山内一彦より買い受けたるものであり、その代金は完済済みなることは原判決も認める処である。

上告人は、右物件を買い受けるに就ては、右物件を含む其の他の物件と共に山内一彦が既に林一良より買い受けたるもの或は少くとも買い受け得る権利の確定せるものなりとの言を信じ之を買い受け、依て直ちに之が代金の完済を為したるものである。従つて同時に之が所有権移転登記を受けるべき処、右山内の、本件物件は他の物件と共に多数あるので之が分筆の整備や、造成区画等の関係もあつて、直ちに完全なる所有権移転登記を為すことは技術的に複雑であり早急には参らぬので取り敢ず仮登記のみを為し所有権を保全されたしとの申し出を了承し、之が仮登記を為したるものである。

不動産の取引に於ては、通常代金の完済と同時に所有権移転登記の為されるのが通例であるから、上告人も又右慣習的通例を信じ之が仮登記を受けたるものである。

然も右仮登記は、山内に対する中間登記を省略して、所有者たりし林一良より直接為されたるものであつて、元より上告人は所有者林を知る由もなく、況んや林と山内の間に如何なる内容の契約が為されていたかは関知する処ではない。

唯上告人としては、本件物件は山内に於て之を第三者たる上告人に対し売り渡し処分を為し得る権能あるものなることを山内の言動に依て之を信じ、代金完済と同時に本件物件の仮登記を為し得たることに依て山内の本件物件に対する処分権限を確認したる善意の第三者である。

従つて、法的は無智なる善意の第三者たる上告人は、山内の力に依て仮登記を為し得たることのみに依て、之は所有権の保全を為し得たるものであると信じていた。後に至り右仮登記の原因が、売買予約に基づくものであつて法律上は必ずしも上告人の思つた通りでなかつたと云うことを聞き知るに及んで唖然としているのみである。

しかし乍ら右の点については、第一審判決も「右仮登記の登記原因は被告等(林)との間に売買予約となつているものの、実際に両者の間に直接そのような売買予約が為されたわけではなく、前述の経緯から明らかなように、右参加人等への中間省略により被告等から直接所有権移転登記をする場合に備えて便宣上被告等との間の売買予約の形をとつたものであり」と判示し、本件仮登記がその登記原因を売買予約としてはいても、そうではなく右仮登記は上告人の為に所有権保全の為に為されたるものなることを認めている。

然るに原判決は上告人の関知せざる山内と林との間の本件土地売買契約は合意解約されたものなることを認め、然るが故に上告人の林に対する本訴請求は請求の前提を欠くが故に理由がないと排斥した。

依て上告人等は更に仮に右合意解約が認められるものなりとするも右合意解除によつては第三者である上告人等の権利を害することは出来ない旨民法第五四五条第一項但書に基づき主張した。

然るに原判決は、第一審判決理由を援用し、上告人等は「原告と被告等との間の売買契約の目的物である本件上地の一部を更に譲り受けたものであるが、本件土地売買契約の契約条項の第五条によると、「売主は代金完済と同時に所有権を売主から買主に移転するものとする。但し、買主が第四条により造成し且つ造成した土地を第三者に転売するときには、その転売する部分につき売主より買主又は買主の指名する者の名義に所有権移転をなすこととする」と定められており、契約条項第四条と併せ考えれば、本件土地売買契約においては、原則として代金完済時まで所有権は売主が留保するが、第四条により買主が第三者に転売した部分については、その転売した部分の面積に応じ代金を買主から売主に支払う都度、その部分の所有権が買主に移転することになるもの」であるから山内に於てそれに相応する代金を林に支払つていないから上告人がたとえ山内に売買代金を支払つてあつても、買受土地の所有権を取得するものではないから、上告人等は所謂前記第三者に該当しないと判示した。

即ち右は之を要するに、本件に所謂民法第五四五条第一項但書に云う第三者とは如何なる者を第三者と云うかと云う問題に帰着する。

原判決は、山内に対する債権的請求権を有するに過ぎない上告人は、右に云う第三者に該当しないと判断した。

しかし上告人が原判決の云う如き債権的請求権を有するに過ぎない者であるかどうかは扨置き、仮にそのようなもので、あつたとしても、上告人は右に云う第三者である。

依てこの点に関する限り原判決は法律の解釈を誤りたる違法があり、依て之は判決の結果に影響を及ぼすものであると上告人は主張する。

即ち上告人は本件物件を山内より買い入れ、代金全額は支払済でありしものであつて、たとえ山内と林の間の契約から生じた債権の譲受人であるとしても、そのようなことに対して善意の第三者である上告人に対しては、山内、林間の契約合意解約の効果が遡及的に影響を及ぼすものではない。斯る契約関係の下に於ては、第三者たる上告人の権利が保護されるべきものなりや否やは、遡及効果とは関係なく、独自の見地より為されるべきものでなければならない。即ち上告人の権利の内容と対抗要件に基づく処理がされなければならない。即ち原判決の云う如き仮に単なる債権的請求権を有するに過ぎない上告人の如き者であつても、之は要するに給付の目的物、本件の場合に於ける本件土地についての上告人の利益が解除者即ち林との関係に於て保護されるべきか否かの考量の問題に帰する。

然らば、本件の場合、林から上告人に対して仮登記が設定されているのであつて、この仮登記はその登記原因がたとえ売買予約を原因とするものであると記載されていたものであつても、それは真実と合致しないものであつて林と上告人間に於ては本件土地所有権を保全する目的で為されたものであることは、曩に原判決も認める処である。上告人としても代金完済したる建前上そのように思うのは之又当然である。

のみならず、山内の林に対する本件土地等の売買代金支払い遅延に因り、本件山内、林間の契約解除に至らしめたる責は、一方的にその責が山内のみに課せられるべきものではない。

即ち山内、林間の本件契約履行期限が昭和四〇年六月末頃に、昭和四〇年九月三〇日迄延期された後、山内側の転売は好転し、上告人等に対し同年七月二九日迄には約八三二坪の売買が成立して居り、この金額合計金六、二四三、五二五円となつた。然も山内は昭和四〇年七月一九日迄に林に対し売り戻し分をも含めて合計金一〇、五〇二、五〇〇円を支払つつているのであるから、右転売分の代金をも支払つていることになる。

従つて林は直ちに上告人等に対し夫々の転売土地の所有権移転登記を為す義務があり、この点については原判決も認めている。

にも拘らず、林は言を左右にして之が本登記に応じなかつた。その結果、山内は転売人等より連日登記請求を受け、山内は他地区の造成を進めつつあつた関係上一部転買人から残代金の支払いも受けられず、之が為の信用失墜の為、続く転売が思うように進まず、造成費用の捻出にも行き詰まつたので、遂に林との約束期限である同年九月三〇日には残代金を支払うことが出来なくなり、林は待つてましたとばかし荏苒日時を徒過せしめ、揚句の果に契約解除に至らしめた次第である。即ち右の如く山内、林間の契約解除は、全く右両者の思惑の結果に基づくものであり、少くとも林の形の上の契約文句のみを楯にとりたる思惑に基づく作動の結果である。

上告人は右の如きことは何も知らず、代金を速かに完済し、仮登記の意味を知らず唯所有権の保全を為し得たりと喜び安堵し居りたるものであつて、之と前記の如き山内とのみの経緯に然も自己の非協力を棚に上げて本件山内との契約を解除に至らしめたる林とを比較考量する時、果して何れが保護されるべきかは理の当然として上告人が保護されるべきである。依て上告人は民法第五四五条第一項但書に云う第三者に該当し、之を容れなかつた原判決は法律の解釈を誤りたる違法がある。

(二) 仮に前項にして然らずとするも、上告人は曩に述べたる如く昭和四〇年七月一日本件物件を山内より買い受け、代金を完済し、同月二〇日物件所有名義人林一良より仮登記を受けたるものである。

従つて、不動産売買は、通常代金の売り渡しを以てその所有権が移転するものと解すべきであり、少くとも登記を以てその所有権は完全に上告人に移転している。

唯右登記は前述の如く、売買予約の仮登記ではあるが、之は真実はそうではなく、所有権保全の仮登記であることは原判決も認める処であり、然も所有名義人林より直接上告人に対し為されているのであるから、林も又右のことを承認して登記を為したるものである。

従つてこの点に関し上告人が単なる債権的請求権の譲受人であると為したる原判決は誤認であり、従つて上告人は当然民法第五四五条第一項但書の第三者に該当する。

依て前項末尾所論の如く結論する。

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